これは江戸時代のお話です
1798年1月19日、その日はとある男の13回忌が営まれていたのですが・・・
なんと、その男がその場に現れたのです!!
はい、幽霊ではなく生身の人間です。
ウワサでは、無人島に漂流してひとりぼっちで生き抜き、自力で帰ってきたのだとか。
今日はその人「野村長平」のアニキがトークライブを開くそうなので、ひとっ走り行ってきました。
野村長平 ライブ会場
長平アニキの生まれ故郷、ごめん・なはり線の香我美駅構内で行われるようです。
アニキはとっても優しくて勇敢な海の男。僕のあこがれの先輩でした!
だが、13年前、僕が20代の若造だったころ、テレビ高知のニュースでアニキが海で行方不明になったことを知った。
・・・香南市香我美町の船舶職員、野村長平さん(24)ほか3名を乗せた三百石船が行方不明となっています。
この船は、香南市赤岡町から高知県田野町へ御蔵米を運搬した帰りに、土佐沖で冬の嵐「シラ」に遭遇したものとみられています。
現在、海上保安庁による捜索が続けられていますが、大荒れのため難航しています。
さて、次のにゅーs・・・
そんな馬鹿な!何かの間違いだ!
どんな逆境にも決して諦めたりしないアニキが死んだなんて信じられなかった・・・いや、信じたくなかったのだ。
涙をこらえる。流してしまったら、アニキの死を認めたことと同じ。絶対に流すわけにはいかない。
あれから13年。アニキが生きていることを知った時、僕は初めて嬉ション涙した。
あら?トークライブはどこで行われるんじゃろ?
だがしかし、どうやら今日はお休みのようでござる。
香我美駅のアイドル、かがみみかんちゃん発見!
みかんちゃーん、長平アニキのトークライブ会場はどこなんですか?
返事がない、ただの人形のようだ・・・
って、みかんちゃん、冗談はよしこさん!もうすぐ始まっちゃうよ!!
これは・・・僕の声が聞こえないくらい夢中になっている!?
目線の先にあるもの、それが答えだ!
遠目からでもわかる。そう、男っぷりが上がっている。
そりゃそうだ、13年間も孤独と困難に立ち向かい勝利したのだから・・・
ゆっくり歩み寄る。トークライブはすでに始まっていた。
野村長平のトークライブ
オレの船はシラに襲われ、舵と帆柱を失って漂流したんだ。そう、黒潮に流されるがまま海を漂ったわけだ。もうだめかと思ったね。
うわぁ・・・そこで死んでもおかしくないレベル。
海上保安庁の調べでは、オレが辿り着いたのは無人島。
それも伊豆諸島のだ。高知から伊豆の鳥島まで流されちまったわけさ。
コントロールを完全に失った船は黒潮の海流だけでそんなところまで行っちゃうんですね!
当時3名の仲間がいたが、2年もたたないうちにみんな死んじまったよ・・・その後は独りぼっちさ。
永きに渡るぼっち生活・・・精神崩壊寸前だっただろうなぁ。
生きるためにはとにかくサバイバルだ。
さてどうしようか、と辺りを見回すと、いるじゃん!いっぱいいるじゃんアホウドリ!
オレは火種を持っていなかったので生食よ。男は黙って生食、そうだろう?
そうですとも!
そのうちアホウドリの肉を乾燥させ保存食にすることを思いついた。
水は雨水をアホウドリの卵殻などに蓄えた。賢いだろ?
さすがアニキ!そこにシビれる憧れるゥ~
そのうちオレと同じように漂流してきた船がやってきた。そう、オレと同じく死神に魅入られた哀れな奴らさ・・・
だが十数人の仲間、そして貴重な資材が手に入った。
オレたちは共に生きる仲間として必至に動いた。
食料の確保、家造り、溜池。生活する上で必要なものを全員でつくっていったんだ。
だがな・・・
1人倒れ、2人倒れ・・・
気づけば3分の1は逝っちまったんだ・・・
アニキは僕の方を見ながらそう語った。
鑑識の死体解剖の結果、精神的な影響や栄養不足などが原因だと見られているそう。
偏った食事にならざるを得ない過酷な状況・・・
僕は涙を拭うように口周りを拭き、底が見えてきたポップコーンをそっと隠した。
それから数年過ぎても付近を通る船を見つけることができなかった。
オレたちは、助けを待つのをやめた・・・とはいっても、諦めたわけじゃねぇ。自分たちの力で故郷へ帰る、そう決めたんだ。
数年前に手に入れた大工道具で船をつくるわけさ。そりゃ大変だったぜぇ・・・
木材そして釘、こいつらがなければ無理だ。
来る日も来る日も島を見まわり、漂着する木を集めた。
炉を用意して、古釘や碇を溶かして釘を作った。造船開始から数年後、船・・・とはいえねぇくらいボロボロだが、俺たちの最後の希望が完成したんだ。
無から船をつくり上げる男、それが長平なんですねわかります!
善は急げだ。ボロ船に生き残った野郎ども14名全員が乗り込み出港した。
その後数日間は神に祈ったぜ。
その願いが通じたのか、無事八丈島に辿り着いた。そう、人のいる島だ!
オレたちは手を取り合い喜んだ。
そして色々と取り調べを受け、ようやく故郷の香我美に帰ってきたんだ。
葬式も済ませて墓まで立ってるが、私は元気です。
そうやそうや、墓なんて要らんかったんや!
また昔みたいに馬鹿やって13年間の空白を一緒に埋めましょうや!
以上でトークライブは終わりだが、これだけは伝えておきたい。
故郷を離れ、郷土愛が強くなった。
生きるためのスキルも研ぎ澄まされた。
無人島での生活は、そう。無駄じゃなかったのかもしれない。何よりも一緒に生きた仲間ができた。今でも毎日LINEしてる。
数年過ごしただけだが、その数年は血よりも濃いと断言できるんだ・・・
長平アニキはここで右手を掲げて、こう続けた。
静かな香我美の町に響き渡るほどの盛大な拍手に包まれるアニキ。
感極まって号泣する屈強の男たち。
ギャルの黄色い声援が飛び交う。
アニキの腕に描いてある記号・・・涙でよく見えない。
死線を共にくぐり抜けた戦友。命をお互いに託しあう仲間。
へへっ・・・そんな奴らに僕は勝てないよ
もうアニキは遠くに行っちまったんだ・・・
静かに席を立ち、帰ろうとする。
おい、ホンダ!
アニキが僕を覚えている・・・?
あ、はい・・・おずおずと振り返る
無人島長平こと野村長平は実在の人物です!
以上、史実をもとに適当なことを書いていますが、わりとガチでこんな感じの人です。
いきなり無人島に連れてこられてゼロから生活する・・・こんな恐ろしいことはありません。
それを持ち前の知恵と勇気で困難を乗り切った長平氏は、江戸時代のアンパンマン!
なかなかにドラマチックな人生ですので、気になった方はぜひアニキに会いに香我美駅へGoですぞ。